今年140周年を迎える東京国立博物館では、特別展「ボストン美術館 日本の至宝」を、
前回のブログで紹介しました「博物館でお花見を」展と同時開催中です。
こちらの特別展は、6月10日(日)まで、東京国立博物館内の平成館での開催です。
今回特別な感慨を持って”出会った”のは、平安時代、12世紀中頃の傑作
「普賢延命菩薩像」でした。
この、「ひとびとの病を取り払い、寿命を延ばす」菩薩さまは、3つの頭を持つ
白い象に乗り、絹本の軸装の沈んだ色彩の中から、ふわーっと白く浮き出て
いらっしゃいます。
フェノロサや岡倉天心が、当時廃仏毀釈で二束三文で売りに出された仏教美術の
価値を認め、散逸を不防ぐことが契機になったというこのコレクションの展示の
導入部に掲げられている一点です。
とてもありがたい気持ちになり、何度も観に戻ってから、最後に手を合わせて来ました。
「ひとびとの病を取り払い、寿命を延ばすことに励みなさい」と、今展の場を借りて
私にも伝えにいらしてくださったのに違いないですね。
ちなみに、他の人の幸せを自分の喜びとして感じると、最近”幸福のホルモン”として
よく取り上げられる、「オキシトシン」というホルモンが出るそうです。
ここに描かれた菩薩さまは何となく艶っぽく、オキシトシンを発散されているような気が・・・。
また、展示作品の中の等伯や蕭白の屏風絵の2作品からは、闊達な筆致から
画家という生き方の、態度、修練と、
「拘泥から解き放て!自分を」という啓示を受けました。
東京国立博物館と、この展覧会との詳しい情報は、
http://www.tnm.jp/ でお確かめくださいませ。
l※豆知識「オキシトシン」について:
オキシトシンは、射乳や出産時の子宮収縮に関与するホルモンとして知られていましたが、社会や他人との協調性を促したり、授乳時にお母さん側に生じるホルモン、つまり
「他の人の為にはたらき、助けることによって自分が幸福を感じる時に出るホルモン」
であるとして、取り上げられる機会が最近増えています。
また、マッサージなどの際にもこのホルモンが増えるという説もあります。
じんじんのやさしいマッサージや手技で、しあわせな気持ちになって下さい。
はり・きゅう治療院 じんじん
2012年4月12日木曜日
2012年4月9日月曜日
「博物館でお花見を」、「治療院でお花見を」
「博物館でお花見を」
粋な歌い文句に惹かれて、久しぶりに東京国立博物館に行ってきました。
”トーハク”(東博/東京国立博物館)では今、平常展では華やかな桜の絵柄の
館蔵品を選りすぐって展示しています。
4月15日までは、お庭も開放しており、庭内の桜も楽しめます。
東京国立博物館と、この展覧会との詳しい情報は、
http://www.tnm.jp/ でお確かめくださいませ。
上野駅からは、京成口から桜のトンネルの通りを沢山のお花見客と一緒にゆっくり歩いて
正面の”トーハク”に向かうコースをおすすめします。
”百薬の長”は、どうか「肝」を傷めない程度に嗜まれ、温かい服装で今年の桜を
お楽しみくださいませ。
はり・きゅう治療院 じんじん では、ただいま江戸末期の豊國作の浮世絵で、
桜花の描かれた「女行司 鶏合図」を展示中です。
どうぞ「治療院でお花見を」。
はり・きゅう治療院 じんじん
粋な歌い文句に惹かれて、久しぶりに東京国立博物館に行ってきました。
”トーハク”(東博/東京国立博物館)では今、平常展では華やかな桜の絵柄の
館蔵品を選りすぐって展示しています。
4月15日までは、お庭も開放しており、庭内の桜も楽しめます。
東京国立博物館と、この展覧会との詳しい情報は、
http://www.tnm.jp/ でお確かめくださいませ。
上野駅からは、京成口から桜のトンネルの通りを沢山のお花見客と一緒にゆっくり歩いて
正面の”トーハク”に向かうコースをおすすめします。
”百薬の長”は、どうか「肝」を傷めない程度に嗜まれ、温かい服装で今年の桜を
お楽しみくださいませ。
はり・きゅう治療院 じんじん では、ただいま江戸末期の豊國作の浮世絵で、
桜花の描かれた「女行司 鶏合図」を展示中です。
どうぞ「治療院でお花見を」。
はり・きゅう治療院 じんじん
2012年3月30日金曜日
季節の変わり目と「脾」
「なんだかこのごろ、胃やおなかの調子が悪いなあ」
「肌が荒れてこまるな」
「あれ、急に湿疹ができている」
「からだがむくんで節々が痛い」・・・
この時期、こんな症状をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
これは、からだが出す”季節の変わり目”に特有のサインです。
東洋医学では、四季の移り変わりの時期に、「脾」という経(絡)を当てはめて、
からだの状態を考えます。
この「脾」とは、東洋医学でいうところの胃の経(絡)と表裏・一対をなしており、
からだの中の水分のさばきや、血液の流れ、栄養分の分配などに影響しています。
ちょうど今の季節になると、ふだんは丈夫な方でも、この脾経に不調がおきていることがよくあり、 冒頭のような症状を訴えられる原因のひとつとなっているケースが多く見受けられます。
先日おみえになられた患者さまも、いつもは
「私は胃腸だけはほんとうにじょうぶで、ものが食べられなかったことがないのよ。
あーいちどでいいから食欲が無くてやせちゃった、なんて言ってみた~い!」
といつも元気におっしゃっていらしたのですが その日に限って、
脾経の経穴(ツボ)がひどく歪んでつらなっていらしたので、
「なにか、おなかの不調がありませんでしたか?」とうかがうと、
「実は珍しく食欲が落ちていて、今朝はおなかをこわしていました」とおっしゃられました。
憧れの食欲減退も、実際になってみるととてもおつらく、不安そうでした。
足の脾経を重点的に施術したところ、すぐにおなかが元気に健康に動き始め、
施術後にはすっかり食欲と精神的な自信と元気を取り戻され、術後のハーブティーと軽食を 楽しんでいらっしゃいました。
今の時期に、冒頭のような症状が出て何となく調子が悪い・・・という方は、
まずは下腿の脾経に施術して調整をしてみられるとよいかもしれません。
はり・きゅう治療院 じんじん
「肌が荒れてこまるな」
「あれ、急に湿疹ができている」
「からだがむくんで節々が痛い」・・・
この時期、こんな症状をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
これは、からだが出す”季節の変わり目”に特有のサインです。
東洋医学では、四季の移り変わりの時期に、「脾」という経(絡)を当てはめて、
からだの状態を考えます。
この「脾」とは、東洋医学でいうところの胃の経(絡)と表裏・一対をなしており、
からだの中の水分のさばきや、血液の流れ、栄養分の分配などに影響しています。
ちょうど今の季節になると、ふだんは丈夫な方でも、この脾経に不調がおきていることがよくあり、 冒頭のような症状を訴えられる原因のひとつとなっているケースが多く見受けられます。
先日おみえになられた患者さまも、いつもは
「私は胃腸だけはほんとうにじょうぶで、ものが食べられなかったことがないのよ。
あーいちどでいいから食欲が無くてやせちゃった、なんて言ってみた~い!」
といつも元気におっしゃっていらしたのですが その日に限って、
脾経の経穴(ツボ)がひどく歪んでつらなっていらしたので、
「なにか、おなかの不調がありませんでしたか?」とうかがうと、
「実は珍しく食欲が落ちていて、今朝はおなかをこわしていました」とおっしゃられました。
憧れの食欲減退も、実際になってみるととてもおつらく、不安そうでした。
足の脾経を重点的に施術したところ、すぐにおなかが元気に健康に動き始め、
施術後にはすっかり食欲と精神的な自信と元気を取り戻され、術後のハーブティーと軽食を 楽しんでいらっしゃいました。
今の時期に、冒頭のような症状が出て何となく調子が悪い・・・という方は、
まずは下腿の脾経に施術して調整をしてみられるとよいかもしれません。
はり・きゅう治療院 じんじん
2012年3月19日月曜日
芭蕉と「足三里」
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
(月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、
来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である。 )
今も人々に愛され続ける俳聖、松尾芭蕉の「おくのほそ道」は、この有名な序文からはじまります。
自分や、人間の人生、そして時間というものに対する深い考察を短くまとめて鋭く表現していますね。
同じ文の後半に、旅支度のくだりでは、「足三里」という有名な”ツボ”に灸をすえる場面が
下着を繕い、帽子のひもを付け替えるのと同じように大切で当たり前の習慣として記されています。
~もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより・・・
健脚だった芭蕉は、この「足三里」にお灸をしていない人とは決して旅路を共にしなかったとか。
また、江戸時代にはお灸は大人気で、おしゃれで粋な町娘たちの間でもお灸をすえることが
流行していたという説もあります。
近年、この「足三里」は、免疫力を上げる経穴(いわゆる”ツボ”)でもあることが学会などで
発表されています。
自分の足とからだで感動しながら歩んでいけるように、お灸やはりやマッサージで、
これからの人生という旅の支度のお手伝いをさせていただきます。
***********************************************************************
「おくのほそ道」 序文
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、
去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、
やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。
もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、
住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、 住まいの方は人に譲り、
草の戸も住替る代ぞひなの家 人の世の移ろいにならい、
面八句を庵の柱に懸置。
「おくのほそ道」 序文 現代語訳
月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、
去っては来る年もまた同じように旅人である。
船頭として船の上に生涯を浮かべ、馬子として馬の轡(くつわ)を引いて老いを迎える者は、
毎日旅をして旅を住処(すみか)としているようなものである。
古人の中には、旅の途中で命を無くした人が多くいる。
わたしもいくつになったころからか、ちぎれ雲が風に身をまかせ漂っているのを見ると、
漂泊の思いを止めることができず、海ぎわの地をさすらい、
去年の秋は、隅田川のほとりのあばら屋に帰ってクモの古巣を払い、
しばらく落ち着いていたが、 しだいに年も暮れて、春になり、霞がかる空をながめながら、
ふと白河の関を越えてみようかなどと思うと、
さっそく「そぞろ神」がのりうつって心を乱し、
おまけに道祖神の手招きにあっては、取るものも手につかない有様である。
そうしたわけで、ももひきの破れをつくろい、笠の緒を付けかえ、
三里のつぼに灸をすえて旅支度をはじめると、さっそくながら、松島の名月がまず
気にかかって、 旅立つまで杉風の別宅に移ることにして、その折に、
草葺きのこの家も、新たな住人を迎えることになる。これまで縁のないことではあったが、
節句の頃には、にぎやかに雛をかざる光景がこの家にも見られるのであろう。
と発句を詠んで、面八句を庵の柱にかけておいた。
はり・きゅう治療院 じんじん
(月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、
来ては去り、去っては来る年もまた同じように旅人である。 )
今も人々に愛され続ける俳聖、松尾芭蕉の「おくのほそ道」は、この有名な序文からはじまります。
自分や、人間の人生、そして時間というものに対する深い考察を短くまとめて鋭く表現していますね。
同じ文の後半に、旅支度のくだりでは、「足三里」という有名な”ツボ”に灸をすえる場面が
下着を繕い、帽子のひもを付け替えるのと同じように大切で当たり前の習慣として記されています。
~もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより・・・
健脚だった芭蕉は、この「足三里」にお灸をしていない人とは決して旅路を共にしなかったとか。
また、江戸時代にはお灸は大人気で、おしゃれで粋な町娘たちの間でもお灸をすえることが
流行していたという説もあります。
近年、この「足三里」は、免疫力を上げる経穴(いわゆる”ツボ”)でもあることが学会などで
発表されています。
自分の足とからだで感動しながら歩んでいけるように、お灸やはりやマッサージで、
これからの人生という旅の支度のお手伝いをさせていただきます。
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「おくのほそ道」 序文
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。
舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。
古人も多く旅に死せるあり。
予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、
去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、
やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、
そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。
もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、
住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、 住まいの方は人に譲り、
草の戸も住替る代ぞひなの家 人の世の移ろいにならい、
面八句を庵の柱に懸置。
「おくのほそ道」 序文 現代語訳
月日というのは、永遠に旅を続ける旅人のようなものであり、来ては去り、
去っては来る年もまた同じように旅人である。
船頭として船の上に生涯を浮かべ、馬子として馬の轡(くつわ)を引いて老いを迎える者は、
毎日旅をして旅を住処(すみか)としているようなものである。
古人の中には、旅の途中で命を無くした人が多くいる。
わたしもいくつになったころからか、ちぎれ雲が風に身をまかせ漂っているのを見ると、
漂泊の思いを止めることができず、海ぎわの地をさすらい、
去年の秋は、隅田川のほとりのあばら屋に帰ってクモの古巣を払い、
しばらく落ち着いていたが、 しだいに年も暮れて、春になり、霞がかる空をながめながら、
ふと白河の関を越えてみようかなどと思うと、
さっそく「そぞろ神」がのりうつって心を乱し、
おまけに道祖神の手招きにあっては、取るものも手につかない有様である。
そうしたわけで、ももひきの破れをつくろい、笠の緒を付けかえ、
三里のつぼに灸をすえて旅支度をはじめると、さっそくながら、松島の名月がまず
気にかかって、 旅立つまで杉風の別宅に移ることにして、その折に、
草葺きのこの家も、新たな住人を迎えることになる。これまで縁のないことではあったが、
節句の頃には、にぎやかに雛をかざる光景がこの家にも見られるのであろう。
と発句を詠んで、面八句を庵の柱にかけておいた。
はり・きゅう治療院 じんじん
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